デイバッグを片手にミサキは走った。
スタート地点の校舎を出ると一目散に森へと駆け込む。
一面を木々に囲まれた場所で縮こまり、ガクガクと体を震わせた。
『どうして私がこんな目に遇わないといけないのよっ!!』
瞳は既に涙に濡れ、どうしようもない恐怖に更に体を震わせた。
声を上げて泣くわけには行かない。
何故なら、何時なんどき、誰に狙われているとも知れない。
この森に逃げ込むまでに幾つか銃声のような音を耳にした。
信じたくはないが、殺しあいを始めたものがいると言うことなのだろう。
ガサリ
不意に何かが鼓膜を揺らした。
体が激しく跳ね上がる。
急いで、近くの茂みの中に身を隠した。体のあちこちを小枝がパシパシと音を立てて傷つけたが気にしていられない。
気付かれないように行きを潜める。
気付かれたら、どうなるか見当もつかない。
何せ、この趣味の悪いゲームに参加しているのは人間だけではないのだから。
同種族よりも、異種族の方が恐ろしい。
昔から、妖怪や霊と云うものは人間を脅かして来たと言われている。
そんな者達に見つかったら…。
最悪の事態ばかりが頭の中を駆け巡る。
「………ミサキ?」
徐に呼ばれた名前は酷く聞きなれた声だった。
勢い良く視線をあげると、其処には見慣れた人物が居た。
「DTO先生…!!」
歓喜に満ちた声でその人物の名を呼ぶと、ミサキは大粒の涙を溢した。
DTOは、ミサキの信頼を得ている人物の一人だった。
安堵に腰が抜ける。
緊張が一気に抜け、恐怖が和らいだ。
大学時代の恩師が目の前に居る。
ただ其だけでこんなにも安心できるとはミサキ自身思っていなかったろう。
「よかった、逢えたのがお前で…。周りは既にドンパチ始めてやがるし…、俺の武器はこいつだから困ってたんだ。」
そう言って引き上げられたDTOの片手には、クランプが握られていた。
しばしば工場などで見受けられる、大型のスパナのような工具だ。
クランプが握られていない方の片手を差し出すと。
その片手を握るように促すと、ミサキを立ち上がらせた。
簡単に彼女の体についた枝や木の葉を払ってやると安心させるかのようにポンと肩を軽く叩いた。
微かな嗚咽を漏らし、ミサキは安堵から泣いた。
取り敢えず場所を移すことにした。
話し声に誰かが気付いているかもしれないからだ。
不用意に動き回るのは避けたかったが、仕方がない。
人が通れるような道は避け、誰かに見付からないように急いだ。
―――しかし。
タララララララッ
連続した不可思議な音が響いた。
何の、音だ…?
音のした方へと視線を向ける。
―誰か居る。
―誰だ。
次第に生臭い臭いが辺りを包む。
まさか…
木々がその場を避けるかのように開けた場所がある。
ぐっしょりと地面が赤く染まっている。
―誰か居る。
―誰だ。
黒い軍服と、明治を思わせる何処か時代錯誤な服装…。
獄卒君と文彦だ。
獄卒君の片手には、マシンガン(先刻の音の正体はこれだろう)が握られている。
一方の文彦はいつも被っている帽子はなく、脚や腹辺りから大量に出血している。
一目見ただけで解る。
撃たれたのだろう。
ミサキとDTOは立ち竦んでいた。
瞳を見開いたまま、動けない。
今、動いたら―…音を立てたら―…気付かれたら―…
殺される
最悪な単語が頭を過る。
ニヤニヤと笑っている獄卒君の赤い口許。
笑っている。
人を殺しながら、笑っている。
正気(まとも)じゃない―――
逃げなければ、逃げなければ、逃げなければ!!
タラララララ、と、また音がした。
赤い血飛沫をあげて弾丸が肉を引き裂いた。
それが声かも解らない音をあげて文彦が叫ぶと次の瞬間にはもう動いていなかった。
思わず体が後ずさる。
――――――――――ぱきん
「……………!?」
足元の小枝が折れた。
普通ならばたいして大きくないはずの音は、鎮まりきった辺りに予想以上の音を響かせた。背筋が凍る。
酷く長かった気がする。気がするだけで実際は一瞬だったかも知れない。
ゆっくりと…至極ゆっくりと振り返った。
視線が、合った。
獄卒君と―――――…!!!!!
「に、逃げるぞ…!!!」
ミサキの片手をガッチリと掴み、DTOが走り出した。
背後に佇む男から逃げるために、自分達が死なないために!
ニヤリと不気味な笑みを浮かべた獄卒君は、彼らを見つめたまま動くことはなかった。